この項は、
愚樵氏の次の極めて明瞭な考察によって、着想を得たものである。
なお、現時点で、愚樵氏の考察も続行中であり、本来、その考察の終了を待って、考察を開始するものであるが、頗る、PS理論の進展が期待できると思われ、取り合えず、論を進めて行きたい。
このため、総論的な考察では無く、個別事項についてのメモとする。
(1) 次の、愚樵氏の重要な考察に基づいて論を進める。
貨幣の「垂直性」
2009-05-17
>>貨幣の本質が情報だとすると、ここで働くのは情報の原理=共有です。
これは、重要な指摘である。海舌さんの表現を借りれば「水平性」になります。情報が共有される場では「垂直性」は元来必要ない。
この部分について、もう少し、詳しく考察してみたい。
まず、貨幣の本質について。
そのうえ、まず、これまで読んだ本の中で、唯一、貨幣の本質を研究するのに重要と思われる本は、
文明の「血液」―貨幣から見た世界史
湯浅 赳男 (著)
であった。
そうして、海舌が結論したことは、権威貨幣の発生時においては、貨幣の垂直性が強く、水平性が少ない状態であったと考える。
その一つの例が、
goldcoin6 posted by
(C)天花一海
goldcoin5 posted by
(C)天花一海
これは、清朝のものであるが、同じようなものは、他の王朝でもあったと思う。
勿論、王権が樹立される以前の貨幣については、次の愚樵氏の説の通り、水平性の強い「通貨」が存在したと思います。
コメント
海舌さん、お邪魔いたします。
私は貨幣の「垂直性」と歴史の「垂直性」には深い関連があると想像しています。そしてもし貨幣が歴史誕生以前にも存在していたとするなら、それは「水平性」の強いものだったろうと考えます。
有史以前の原始共同体で使用されていたと想像される貨幣は、貝殻や石などの自然貨幣でしょう。これらの貨幣は情報が共有できる共同体内部でしか有効性は持たなかったはずです。情報を共有できない外部との交易では、これら自然貨幣が有効に機能したとは考えにくい。
共同体間の交易に貨幣が使用できるようになるのは、貨幣に「垂直性」が強く備わるようになってからでしょう。また貨幣に「垂直性」を与える権威は、歴史の発生にも大きく寄与したでしょう。なので、記録として残る貨幣は歴史発生以後ということになり、歴史的視点から見ると貨幣の出発点は「垂直性」が強いものになるのではという、これは私の想像です。
ともあれ、私も一度、海舌さんが参考になされた本を探して読んでみたいと思います。
| 愚樵 | 2009/05/18 5:17 AM |
このような通貨は南洋の貝(宝貝)や貴金属そのものの、大きさや重さ、装飾性に価値を置くものだったと海舌も考えています。
srishell2 posted by
(C)天花一海 @ South of Sri Lanka
sricoin1 posted by
(C)天花一海
これらの貨幣は、人間の持つ伝統的価値観に依拠した価値の流通であり、必ずしも、強い「垂直性」を必要としません。つまり、愚樵氏の推論を補強する資料となると思います。
但し、ここでは深く触れませんが、文化人類学等の研究対象である、人間認識の「枠」にまで考えを及ぼすと、この伝統的価値感自体が『「自然発生的な垂直性」→特定の文化規範』であることも当然です。
そこで、愚樵氏の良きアドバイスを参考にさせて頂き、南洋の貝(宝貝)や貴金属そのものの、大きさや重さ、装飾性に価値を置く自然発生的通貨を、『自然貨幣(愚樵氏のテクニカル・タームを、そのまま使用。自然法という表現の場合と同じ意味の「自然」)』と呼び、王権樹立後の通貨を「権威貨幣」と呼ぶことにする。
これから、述べる貨幣についての考察は、まず、権威貨幣についてであり、このことは、次の愚樵氏のコンテキストを、そのまま踏まえた推論である。
共同体間の交易に貨幣が使用できるようになるのは、貨幣に「垂直性」が強く備わるようになってからでしょう。また貨幣に「垂直性」を与える権威は、歴史の発生にも大きく寄与したでしょう。なので、記録として残る貨幣は歴史発生以後ということになり、歴史的視点から見ると貨幣の出発点は「垂直性」が強いものになるのではという、これは私の想像です。
権威貨幣の発生時に於いては、権威という垂直性が非常に強い状態であったと海舌は考えている。
sc22 posted by
(C)天花一海
sc21 posted by
(C)天花一海
これは、おそらく清朝皇帝が、大将軍(征西大将軍)に渡したものであろう。
また、大将軍自身が、これを持つことの意義は大きくはないだろう。
大将軍は有名人物であり、皇帝の威光は天下に響いている。
この銀牌は、大将軍の配下の将軍、派遣者等に渡されるために複数作られたものだと思う。
また、こうした証書を銀で作る理由は、まさしく銀の持つ特異性・貨幣価値の裏付けがあってのことであり、
おそらく、派遣先での軍事物資の調達などに利用されたと思う。つまり、軍票の原型である。
つまり、極めて垂直性の強いものであり、巨大な権威・銀の持つ伝統的価値・意匠のデザイン性など、複数の効果によって、その価値を最高度に高めているのである。
次のような銀蹄も、広く流通を目指すよりも、高級公務員への恩賞としての財貨賦与として利用されたと考える。
sc1 posted by
(C)天花一海
このように極めて垂直性の強い「貨幣」が、垂直的権威の崩壊する過程で、例えば、王朝の崩壊、一般的な民間流通の場に流れだし、貨幣の水平性を強めて行ったと考えている。
ここで、再度、愚樵氏の次の言及に戻る。
>>貨幣の本質が情報だとすると、ここで働くのは情報の原理=共有です。
貨幣が、その垂直性と水平性の Media Point であること考えると、愚樵氏の「共有」概念も、
垂直的共有
と
水平的共有
の二つの概念構成が必要だろうと思います。
(2) ガウス平面による理解
akehino posted by
(C)天花一海
一般に、PS理論では、精神的作用・電磁波関連作用を虚数軸、物質的作用・現象界事象を実軸に置く。
貨幣の作用は、物質現象としては、事物の移動であり、それ自体に、支配・被支配関係(垂直的関係)は存在しない。このことは、権威関係・支配被支配関係が極めて精神的事象であることから自明である。
図1(グラフ1)より、
権威貨幣は、
便宜上 r=1として、
Za=cosA + isinA (AはZaの角で、第一象限)
自然貨幣は
Zb=cosB +iSinB (BはZbの角で、第一象限)
で表すことが出来る。
角Aは90度に近く、角Bはゼロ度に近い。
さて、ここで考察したいのは、むしろ、第二、第三、第四象限についてである。
例えば、第四象限のC点(半径1の円周上の点)である。
ここで、プラスiは、精神世界で支配関係が強い方向を示すという意味で用いてきた。
実軸は、現象・物質世界であり、支配関係とは無関係である。(没価値)
このことから、マイナスiとは、精神世界で支配関係が逆転している世界を示す、と考えられる。
例えば、奴隷王朝である。
抑圧されていたグループが貨幣の権威を裏付ける場合である。
このような政治的転換について、次の毛沢東の言葉が端的に本質を突いている。
人民、ただ人民のみが世界の歴史を創造する原動力である。
「連合政府について」(1945年4月24日)、『毛沢東選集』第3巻
大衆こそ真の英雄であり、われわれ自身のほうが、とかくこっけいなほど幼稚である。この点を理解しなければ、最低の知識もえられない。
「『農村調査』のはしがきとあとがき」(1941年3月、4月)、『毛沢東選集』第3巻
人民大衆は限りない創造力をもっている。かれらはみずからを組織して、自分の力を発揮できるすべての場所と部門に向かって進軍し、生産の向上と拡大に向かって進軍し、自分のために日1日と多くの福祉事業をおこしてゆくことができる。
「余剰労働力のはけ口がみつかった」という文章にたいする評語(1955年)、
『中国農村における社会主義の高まり』中巻
当面、農民運動のもりあがりは、きわめて大きな問題である。ごく短期間に、何億という農民が中国の中部、南部および北部の各省から立ちあがろうとしており、その勢いはあらしのようにはやくて、猛烈で、どんな大きな力も、それをおさえつけることはできないであろう。かれらは、自分たちをがんじがらめにしているすべての網をつきやぶり、解放への道をまっしぐらにつきすすむであろう。すべての帝国主義、軍閥、汚職官吏、土豪劣紳どもは、みなかれらによって、墓場にほうむりさられるであろう。すべての革命的な政党、革命的な同志は、みなかれらの前で、その審査をうけ、取捨がきめられるであろう。かれらの先頭に立ってかれらを指導するか。それとも、かれらのうしろに立ってがれらをあれこれと批判するか。それとも、かれらの向かい側に立ってかれらに反対するか。すべての中国人には、この3つの点について選択の自由はあるが、ただ情勢はみなにすみやかな選択をせまるであろう。
「湖南省農民運動の視察報告」(1927年3月)、『毛沢東選集』第1巻
およそ正しい任務、政策、および工作作風は、すべてその時その所の大衆の要求に合致し、大衆と結びついたものであること、およそあやまった任務、政策、工作作風は、すべてその時その場所の大衆の要求に合致せず、大衆から遊離しているものであることを、34年の経験がわれわれに教えている。教条主義、経験主義、命令主義、追随主義、セクト主義、官僚主義、傲慢尊大な工作態度などの悪弊は、大衆から遊離するものだからこそ、どうしても好ましくなく、あってはならず、このような悪弊をもっているものは、どうしても改めなければならないのである。
「連合政府について」(1945年4月14日)、『毛沢東選集』第3巻
マムルーク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マムルーク(単数形 : مملوك mamlūk, 複数形 : مماليك mamālīk)は、イスラム世界における奴隷身分出身の軍人のこと。原義は「所有(m-l-k)された者」を意味し、本来はアブド、ジャーリヤなどのアラビア語で奴隷を指す様々な語のうちの男性奴隷を指す語のひとつであるが、特にマムルークの語は9世紀頃から19世紀初頭頃までイスラム世界の各地で広く活躍した白人の奴隷身分出身の軍人たちを指すのが普通である。
また、第2象限の場合についても興味深い。
実軸は、現象界であり、没価値であるから、実軸上のプラスもマイナスも、水平関係で有ること自明であり、定義である。
では、実軸のプラスとは何か?
これは、「身体」としてのプラスである。つまり、一般に「自然現象」と言われる世界をプラスとして表現しているのである。
所謂、インターネット世界における「現象」こそ、第二、第三象限の現象である。